「日本死ね」に思う



◆「保育園落ちた日本死ね」ブログで初動を誤まったと自民党内からの声が上がっているそうです。




「 #保育園落ちた日本死ね 」ブログ問題、与党も苦言 安倍首相は「初動を誤った」

「初動ミス」与党も苦言 「保育園落ちた」巡る首相答弁

「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名のブログをめぐり、与党内から、安倍晋三首相の当初の対応を疑問視する声が上がっている。首相は夏の参院選をにらんで「1億総活躍社会」を掲げるだけに、待機児童対策を早急に打ち出すなど、政権への不満の広がりを食い止めようと躍起だ。

「(ブログへの)対応もそうだけれど、最初からぱっとやっておけばトラブルは起こらないんですよ。後先を見極める能力を、みなさんよく身につけておいてください」。伊吹文明元衆院議長は10日、自民党二階派の会合で首相に苦言を呈した。

2月29日の衆院予算委員会で民主党の山尾志桜里氏がブログを取り上げた際、安倍首相は「実際に起こっているのか確認しようがない。これ以上、議論しようがない」と答えたのを念頭に置いたものだ。

10日の政府与党連絡会議で、公明党の山口那津男代表が「切実な国民の声に丁寧な対応をしていく必要がある」と注文。自民の閣僚経験者も「初動を誤った。首相の答弁がはねつけるような印象を与え、(待機児童問題に)火を付けた」と指摘した。

与党内からこうした声が出るのは、自民党内に苦い記憶があるからだ。第1次安倍政権では「消えた年金」など年金記録問題への対応が後手に回り、2007年の参院選で惨敗。当時の閣僚の一人は「国民に身近な問題だという認識が薄く対応が遅れた」と悔しがった。

(朝日新聞デジタル 2016年3月11日07時26分)

http://www.huffingtonpost.jp/2016/03/10/blog-abe_n_9433432.html?utm_hp_ref=japan-politics




◆7月の参院選挙に向けて安倍首相は泥縄で保育園視察に出かけたそうです。

泥縄視察2

保育園

保育士

◆一億総活躍と焦っても、何をどうするという具体策がある訳でもなく、言葉ばかりが上滑りしています。
保育所と保育士の不足の解消と言っても、一説には待機児童は全国で300万人いると言われており、これはちょっとやそっとでは解決できない問題です。




待機児童ゼロ、安倍首相は決意表明したけれど...「すぐに解決できる策はない」省庁から困惑の声も

安倍晋三首相は11日、待機児童の解消のための具体策を今春に打ち出す考えを示した。自民党も同日、対策チームを立ち上げ、月内に緊急対策をまとめる。しかし、実際に具体策を作る省庁からは「すぐに解決できる策はない」と困惑する声が上がっている。

首相は11日の参院本会議で、共産党の吉良佳子氏の質問に答え、「待機児童ゼロを必ず実現させる決意だ」と強調。「今春に取りまとめる1億総活躍プランで実効性のある待遇の改善策を示し、人材を確保する」と述べて保育士の待遇改善に具体的に取り組む考えを示した。自民党の稲田朋美政調会長も11日、「待機児童問題等緊急対策チーム」の立ち上げを発表した。

しかし、即効性のある具体策は乏しい。

政府・与党では、隣り合う自治体などで保育サービスを融通し合う仕組み作りが浮上するが、勤務先の近くで子どもを預けたい場合など、居住自治体以外の認可保育所に預ける「広域利用」の仕組みはすでにある。

しかも、待機児童の多い地域では機能しにくい。厚生労働省の担当者は「待機児童が多い自治体の隣の自治体の保育施設が、がら空きということはない。離れれば遠くて通えない」と話す。

http://www.huffingtonpost.jp/2016/03/11/zero-waiting-list-for-nursery-school-shinzo-abe_n_9444096.html?utm_hp_ref=japan




◆狼狽する自民党に共産党や民主党はここぞとばかりに勢いを増して安倍政権を批判し、テレ朝はモーニングショウで、ブログ批判のヤジを飛ばした平沢議員を猛攻撃していました。




平沢勝栄議員、番組でヤジ謝罪。でも「本当に女性が書いた文書ですか?

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【保育園落ちた日本死ね】

話題の匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」をめぐり、2月29日の衆院予算委員会で質問した山尾志桜里議員(民主党)に対してヤジを飛ばした自民党の平沢勝栄議員が3月10日にテレビ出演し、ヤジを飛ばしたことを謝罪した。

予算委員会では、山尾氏がブログの内容を読み上げる最中に、議員席から「誰が書いたんだよ」「中身のある議論をしろ」「本人に会ったのか」などのヤジが飛んだ。平沢氏はヤジを言った一人で、この日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」に登場した。

「ヤジを飛ばしたことは心からお詫び申し上げます」と謝罪した一方、山尾氏が、使用を認められなかったブログやパネルを使ったことを非難した。

平沢氏が後半、「保育園落ちた日本死ね」ブログを指し、「これ、本当に女性が書いた文章なんですかね」と発言。これについてコメンテーターで俳優の高木美保氏が「それ関係ないでしょう。女性とか男性とか関係ない」と語気を強めて反論。双方がやり合う場面もあった。

次に、平沢氏の発言要旨を紹介する。質問しているのは、番組のレギュラーコメンテーター玉川徹氏。

玉川徹:あのヤジは、山尾議員の質問をある種妨害・封殺する、そういう意図で行われたんではないですか。

平沢勝栄氏:そうじゃないんです。まずはヤジを飛ばしたことについては心からお詫び申し上げたいと思います。ただし、ちょっといきさつを説明させていただきますと、このブログを山尾議員は、委員会の資料を、テレビに映すパネルに使いたいということを言ったんです。

――理事会で?

理事会で。理事会で協議して、OKを出さない限り使えないですと、結論はノーだったんです。なぜかと言うと、一つは、出所が明らかではないということ。出所が明らかでないのは使わないというのは委員会でのいままでのルールです。なぜかというと、出所不明のものが使われると誹謗中傷とかいろんなものに使われてしまう。

それからもう一つ、文章ですね。特にこの「日本死ね」というのは、例えば、子供の自殺だとかいじめかなんかに使われる言葉で、あまりにも言葉の教育にも影響があるんじゃないかと。理事会では、民主党を除くほかの党、共産党さんも含めて、これを資料に使うのはダメなんじゃないかという結論が出たんです。

――パネルと資料はダメだったけど質問はダメ? 質問はいいんですよね。

質問はいいんです。ところが質問の中で何と言ったかというと、「フリップと資料を準備しました。しかし与党のみなさんが、これを委員のみなさんに配ってはいけない」と。「国民のみなさんにフリップで見せてはいけない」と。「そういうことなので、本当に安倍政権というのは、都合の悪い声は徹底して却下する、徹底して無視する、そういう安倍政権の象徴だ」と。要するに、与党がこれを止めたってことを言ったんです。

与党だけじゃなくて民主党を除く野党もこれはおかしいってことで止めたわけですが、与党だってことで攻撃した。だから私たちは事実を違うということで、アレしたんです。

――今の質問の前段の部分で、気に入らない質問は止めさせるという発言がありましたね。そういう意図でヤジを飛ばしたんじゃないのかと。

違うんです。私たちは保育が大事ということは分かっているんです。

――じゃあ、なんでヤジを飛ばしたんですか。

出所が不明な文書は使っちゃいけないということになっていて、それを共産党さんも含めて、みなさんが出すべきじゃないって合意したにも関わらず、自民党・与党だけを攻撃しているんです。事実と違うことで公党の名誉を傷つけたんです。

――質問自体はいいわけですよね。ヤジをして何の意味があるんですか。

事実と違うことを言って、公党の名誉を傷つけたから。ヤジについてはごめんなさい、ということで謝りますけど。事実と違うことで自民党、安倍内閣の名誉を傷つけるというような発言をすることは許されることじゃないんで。これは、謝罪と撤回を私たちは求めます。ヤジはごめんなさいって言っているわけです。

――じゃあ、ヤジの中身にいきますね。「誰が書いたんだそれ」って言いましたよね。

出典が明らかでなければ使えないということがあるから。その前の段階として、こういう形で山尾さんがなぜ出したんだと。「自民党が止めた」と言ったことに対して、その延長線でこう言ったわけです。

――誰が書いたかって、それに意味があるんですか。

予算委員会の長年のルールで、だれが書いたのか責任がない文書を予算委員会で出すのはダメなんです。

――SNSってそういうもんなんですよ。きっかけはどうであれ、問題は、それがこれだけ共感を呼んで、大きなうねりになっていることが重要なんであって。私は山尾議員がどういうつもりでああいう質問をしたのか知りませんよ。だけど、そういうブログの広がりが共感を呼んでいる。解釈すれば、共感を呼んでいる社会的な現象になっているということについて質問したとしても、それは不適切なんですか。

ですから、質問は何を言ってもいいんです。

――私が知りたいのは、なぜヤジをしたかなんです。どういう気持ちに基づいてあのヤジをしたのか。

自民党を違う事実に基づいて攻撃した、これが前段にきました。

――待機児童問題というのは、女の人が働くから待機児童が生まれるんだ、と。逆に言えば、働かないで家を守っていれば、こんな問題なんかないんだというような思いがありませんか。

待機児童の問題は都市問題なんです。私の地元でも大変深刻な問題です。待機児童の問題というのは、政府としてもものすごい力を入れている。ですから、この5年間だけでも50万人増やしましょうと、定員をですよ。25年、26年で22万人も増やした。昨年だって予定より1.5倍増やして12万人に増やしました。29年まで、25年から5年間の間に50万人定員を増やそうとしている。だけれども、なかなか足らない。大変に深刻な問題あることを私たちも十分に分かっているんです。

――お母さんにもインタビューしてきましたけど、国会でも解決していない切羽詰まった状況です。だれに言っても解決できない。「日本死ね」といういい方でしか表現できなかったと、みんな分かるっておっしゃってますよ。

例えばいじめの時、「あなた死ね」ということはよくあるんです。このなんとか死ね、っていうことに市民権を与えるのがいいのかということです。そういう表現を使うことはどうかなと。

――それくらいの思いということが共感を呼んでいるんです。

それは分かっていますけど。「日本死ね」っていう表現はよくない。私たちは、保育の問題や待機児童を軽く見ているわけではありません。

――「気にくわない」ブログなんですけど、ブログの主に取材しました。「答弁の最中にヤジが必要なんですか」とのことですが、いかがですか。


これは私たちは反省しなければならないです。先ほどのブログ、これ本当に女性の方が書いた文書ですかね。

高木美保:それ関係ないでしょ。女性とか男性とか関係ないですよ。

文章としても、気持ちは分かりますよ。私はもうちょっと訴え方ってあると思います。

高木:それを国会議員の方が、国会でヤジを、気持ちが高まってワアッとヤジをいうのと同じですよ。言わずにはいられないというのを感じ取れないですか。

言っていることはよくわかりますよ。ただ。言葉が日本語としては汚い

http://www.huffingtonpost.jp/2016/03/09/katsuei-hirasawa-hooted_n_9423292.html?utm_hp_ref=japan




◆テレ朝は最初から、平沢議員は吊るしあげにするために呼び付けたのでしょう。
それにしても、テレビタレントは何時から上から目線で国会議員を断罪するほど偉くなったのでしょうか。高木美保の「言わずにいられないから「保育園落ちた、日本死ね」と言うことは許されるが、やじることは許されない」と言う理屈が解りません。

◆それと、玉川は誰が書いたかなど問題ではない、と言っていますが、実はこれが一番の問題なのです。
このブログは最初から共産党や民主などの反日野党連合が安倍潰しのために作った仕掛けで、あのSealsの奥田のような跳ね上がりを扇動してやらせているのは明らかです。ひょっとすると元検事であったと言う民主党山尾議員本人が仕掛けたのではないかと疑いたくなります。

◆安保法案成立時に国会前に集まった群衆がお揃いのプラカードを掲げていたのと、全く同じパターンで「私だ」とかいたプラカードを持つ人のデモがありました。彼等は自発的に集まったのではなく、各労組などから動員されていると見るべきです。

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◆世間は圧倒的に「日本死ね」を擁護しているように見えますが、これに異を唱え正論を発する方も居られます。




「保育園落ちた日本死ね」ブログをほめるな

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民放テレビに流れたブログの画像

感情的な文章を称える愚行


子どもが保育園に入れなかったママが書いたとされる「保育園落ちた日本死ね」というブログが話題となった。これを、山尾志桜里衆議院議員が衆議院の予算委員会で取り上げ、安倍首相に迫った。また3月4日には「保育園落ちたの私だ」というプラカードを掲げ国会前をデモする人がいた。いつもの通り組織化された政治行動であり、デモ写真には共産党議員が映っていた。同党が政治的揺さぶりをかけるために、この騒動を利用しようとしているのだろう。

この文章を読んでみた。同情はする。しかし物書きの端くれである私から見ると幼稚な文章だ。「死ね」「子ども生むのなんかいねーよ」「税金使ってんじゃねーよ」という感情的な言葉の羅列だ。どこに共感すればいいのだろう。そして何も学ぶものがない。もちろんブログに個人的な感情を吐露するのは表現の自由であり、変に騒ぐ周囲の人々が問題だ。

民主党の山尾議員は検事出身だそうだが、いつも国会で感情的に騒ぐので気味が悪い「民主党的」女性だ。安倍首相は山尾氏の追求に「匿名なので確認できない」といい、自民党議員席からは「誰が書いたか分からないものを国会で取り上げるな!」というヤジが飛んだそうだ。私もそう思う。記者として訓練を受けた私に取って、いや普通の社会人に取っても、匿名情報源が流す情報は、真偽を確認できない危ういものだ。

そもそも国が行う政策は法律に基づく制度作りと予算措置だ。保育園の具体的な設置、サービスの実施は地方自治体の責務であり、また地域事情は国内でさまざまだ。人々の不満のたまる今の政策を擁護するつもりは毛頭ないが、民主党、野党が自治体の問題としてではなく、いきなり「天下国家」の話から保育問題を語るのは、問題解決のための手順を間違っている。

このブログ主は生まれて数年(1年?)の子どもの保育を探しているようだが、考えて見れば、夫婦の勤務の時短は会社との関係であり、自治体・民間は不十分でも地域で保育園以外の代替サービスを提供しているだろう。「日本死ね」とか政治家の言うような「アベ悪い」の問題ではないはずだ。

国のできることはどこまで行っても限られる

子育てが大変なことは自明である。私も、私の両親も苦労した。しかし、それをさまざまな人の協力などで乗り越えられた。不十分であっても、代替措置はいくつかある。民間保育園、民間託児所、親や親族の協力。保育園が子どもに、また家庭に最適かも分からない。そうした制度を利用しながら、大半の人は歯を食いしばって、子育てを行う。それをしないで「死ね」などの呪詛をばらまく親によって、子どもが悪影響を受けることが心配だ。

また子育てで迫り来る危機は予測できるものだ。民間調査によれば、高校までの学費・生活費で平均2000万円の費用が子ども1人に必要だ。保育園の後もさまざまな障害が子育てには立ちはだかる。子どもの人生は始まったばかりなのに、そこで子育てに感情的になる親は今後の苦難を乗り越えられるかも心配だ。

もちろん私はすべてを自分で子育てをしろなどという暴論を吐くわけではない。予算の許す限り、保育支援の拡大を進めるべきだ。しかし人生のあらゆる場面で、国のできることはどこまでいっても限られる。もちろん支援制度の整備を主張することも当然だが、人生のすべての物事では自己責任を覚悟しなければならない。子育てという、つらさも含みながら、意義深い、楽しい営みもそうだ。

どこの誰かが書いたかも分からない文章に感情移入する前に、政治家も、問題に直面する子育て世代も、また騒ぐ周囲の人も、するべきことがある。問題に直面した人は、国への呪詛の前に、家族のために金を稼ぎ余裕を作ることこそ、まずやらなければならないことだろう。政治を呪っても金と時間は子どもと親の上には降ってこない。

政策決定で国民の感情ばかりに注目し、政府批判を煽る「民主党的」「共産党的」アプローチは大変危険だ。私は経済記者として、さまざまな社会問題、経済的問題の発生と、その対応する政策の成立を観察してきた。行き詰まった問題で、感情論が強まり始めると、世論とメディアがおかしな方向に走り、政策が非合理的になり問題が解決しなくなった。

特に深く観察した問題に、「金融危機対策」「改正貸金業法」「エネルギー・原子力政策」の3つがある。感情に走らずに一番効果のあるとされた公的資金注入をした金融危機対策がうまくいき、「被害者を思え」と感情に流れた後ろ2つは大混乱が現在進行形で続いている。政策や制度づくり、それに伴う社会問題の解決では、できる限り合理性を追求し、感情に揺さぶられてはいけないのだ。

「国に扶養され自尊心と活力を失った人間にはなりたくない」

子どもの保育支援は「金がない」という難しい問題であり、即座の解決はないだろう。いつまで経っても、誰かが不満を持つはずだ。また私は「感情的になってはいけない」という常識論は言えるが、恥ずかしながら具体的な解決をめぐるアイデアを持っていない。ただし問題のとらえ方をめぐり、参考になりそうな考え方を述べた一つの文章を紹介したい。あるベンチャー企業家に教えてもらった。


あるアメリカ人の信条

私は平凡な人間にはなりたくない。自らの権利として限りなく非凡でありたい。

私が求めるのは保証ではなくチャンスなのだ。国に扶養され自尊心と活力を失った人間にはなりたくない。

私はギリギリまで計算しつくしたリスクに挑戦したい。つねにロマンを追いかけ、この手で実現したい。

失敗し、成功し…七転八起こそ、私の望むところだ。意味のない仕事から暮らしの糧を得るのはお断りだ。

ぬくぬくと保証された生活よりも、チャレンジに富むいきいきとした人生を選びたい。

ユートピアの静寂よりも、スリルに満ちた行動のほうがいい。

私は自由と引き換えに恩恵を手に入れたいとは思わない。人間の尊厳を失ってまでも施しを受けようとは思わない。

どんな権力者が現れようとも決して委縮せず、どんな脅威に対しても決して屈服しない。

まっすぐ前を向き、背筋を伸ばし、誇りを持ち、恐れず、自ら考え、創造し、その利益を享受しよう。

勇気を持ってビジネスの世界に敢然と立ち向かおう。

ディーン・アルファンジュ(米政治家)


自分で問題を解決することを当然と思う。他人に施しをもらうことは、自由と活力と尊厳を失う面があることを認識する。権力には頼らない。こうした発想が社会の根底にあれば、国と個人は依存関係がなくなる。一言でまとめれば、明治の思想家福沢諭吉が強調した「独立自尊」の信条だ。

「独立自尊」を信条に持つ人が自律的に運営する社会。

「アベ悪い」「日本死ね」と感情的に叫び、国を批判しながら国に頼る人ばかりの社会。どちらが健全だろうか。子どもの健やかな成長をもたらすだろうか。もちろん前者だが、日本で後者にしたがる人が目立つのは心配だ。

社会問題に声を上げて変革を促しながら、自己責任で問題解決に向き合うのは当然だ。しかし「保育園落ちた日本死ね」などと叫ぶ文章を称え、感情に流れ、適切な思考に基づかない社会混乱を作り出していけない。それは問題の解決を遠ざけるだけだ。

追伸・ジャーナリストの今一生さんが、取材の中で見た、民間による保育サービスの変化をまとめている。「保育園問題は、民間で市民自身が解決できる」。ぜひ一読を。こうした取り組みを支え、自分で解決に動く社会が望ましい。

また東京新聞論説委員の長谷川幸洋さんの論説も読むことを勧めたい。「待機児童問題は深刻なのに10年経っても「保育所事業」へ株式会社の参入が進まない理由」。東京都世田谷区では、今だに民間企業がサービス展開をできず、これは地元の社会福祉法人の反対、区役所の法律に基づかない行政活動が一因という。保育所利権、また地方自治体の怠慢という問題が背景にあるようだ。国だけが問題ではない。

石井孝明
経済ジャーナリスト
メール:ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:
@ishiitakaaki


http://agora-web.jp/archives/1671910.html




◆実に正論です。米国は独立不羈の精神を尊びます。
1963年11月のジョンFケネディ大統領の就任演説にはそれがよく現れていました。

(3分56秒から)
ケネディ大統領 就任演説(字幕訳版)2/2


「アメリカ国民の皆さん、国があなたに何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国に何ができるかを自問してください。」

◆実に名言です。国家と個人の関係とは斯くあるべきなのです。
鉄の女と言われた英国首相マーガレット・サッチャーも名言を残しています。

人の一生は、

最終的にその人の品格に左右され、

品格は自分をどう形成するかにかかっている。

________________________________________

考えは言葉となり、

言葉は行動となり、

行動は習慣となり、

習慣は人格となり、

人格は運命となる。


◆聖書には「初めに言葉ありき」とありますが言葉には言霊があります。保育園落ちた!日本死ね!」などと言う呪いの言葉を吐くとそれはブーメランのように自分に跳ね返ってきます。
保育園に入れなかったから仕事が出来ない、それを国の所為にするのは甘え以外の何でもありません。

◆日本には昔から【若い時の苦労は買ってでもせよ】と言う言葉があります。
若い頃の苦労は自分を鍛え、必ず成長に繋がる。苦労を経験せず楽に立ちまわれば、将来自分のためにはならないという意味です。他にも「艱難汝を玉にす」と言う言葉もあります。他力に縋らず、自力で切り開いていくのが人生です。

◆最後に政治家の方々にサッチャー女史の名言を献上します。

リーダーは好かれなくてもよい。

しかし、尊敬されなくてはならない。

好かれようとしているだけなら、

いつでも何でも妥協する用意があり、

何も達成しないだろう。




▼日本死ね!なんて絶対いっちゃあダメ ~!!!

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愛国心と宗教は貧乏人の娯楽

独立不遜の精神を褒め称えた後に格差だのアメリカ経済の不平等を騒いでるあんたの頭は大丈夫か?
結局自分は貧しく貧乏でどうしようもないくせに
国には頼りたい寄生虫(政治家や上級国民から見れば)だから支離滅裂な言動を繰り返してるんだろうな
そんなに言うのなら政治家に金が配られるのも
官僚たちの給料が高いのも競争の結果なんだから受け入れろよw
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来るべき次元上昇まで、世界で起きる事象を俯瞰したり斜めから見たりしている爺です。

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