時間を切り売りする世界と決別する時代が来る



◆11月1日、一気に寒くなってきました。冬服に衣替えした大勢の人々が今日もラッシュに揉まれ職場に急ぐ光景が見られます。現役時代の私も毎朝ラッシュに揉まれて通勤していましたが、常に何かその状態に違和感がありました。

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通勤ラッシュ


◆資本主義社会では、殆どの人々が人生に於ける時間の大半を切り売りして対価を得て命を繋いでいます。人はなぜ毎朝毎晩同じことを繰り返しているのだろうか、こういう事を繰り返すために自分は生まれて来たのだろうかと云う疑問が始終付きまとっていました。俺は毎日一体何をやっているのだろうか。いつまでこの苦役を続けねばならないのだろうかと、時間を切り売りして働くことに喜びや意味を見いだせず毎日が無間地獄のように感じていました。仕事を辞めると飯が食えなくなるからという恐怖感が自分を支配していたのでした。


◆マタイの福音書6章に次のような一節があります。




24:だれも、神とお金の両方に仕えることはできません。必ずどちらか一方を憎んで、他方を愛するからです。

25:ですから、食べ物や飲み物、着る物のことで心配してはいけません。いのちのほうが、何を食べ、何を着るかということより、ずっと大事です。

 26:空の鳥を見なさい。食べ物の心配をしていますか。種をまいたり、刈り取ったり、倉庫にため込んだりしていますか。そんなことをしなくても、天の父は鳥を養っておられるでしょう。まして、あなたがたは天の父にとって鳥よりはるかに価値があるのです。

27:だいたい、どんなに心配したところで、自分のいのちを一瞬でも延ばすことができますか。

28:また、なぜ着る物の心配をするのですか。野に咲いているゆりの花を見なさい。着る物の心配などしていないでしょう。

29:それなのに、栄華をきわめたソロモンでさえ、この花ほど美しくは着飾っていませんでした。

30:今日は咲いていても、明日は枯れてしまう草花でさえ、神はこれほど心にかけてくださるのです。だとしたら、あなたがたのことは、なおさらよくしてくださらないでしょうか。ああ、信仰の薄い人たち。






◆ドイツの児童文学作家 ミヒャエル・エンデは次のような言葉を残しています。




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時間とは、すなわち生活なのです。

そして生活とは、人間の心の中にあるものなのです。

人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそって、なくなってしまうのです。




◆まさにミヒャエル・エンデの言う通りです。一時期システム手帳というものが流行して、サラリーマンたちがスケジュール表が真っ黒になるくらい仕事を詰め込んで、ちょくい満面になっているのをよく見かけました。いかに自分が有能かを他人に見せびらかしたかったのでしょうが、そういう人に限って空回りが多く、仕事が捗らなかったように思います。

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◆人工知能が登場するとロボットに仕事を奪われると心配する人々が出ています。
確かに運転手などの仕事は自動運転のトラックやバス、タクシーなどの仕事はなくなるでしょうし、多くの職場の単純作業なども無人化されるところが出ては来ると思いますが、どんなに時代が進んでも時間を切り売りしなければ暮らしてゆけないものなのでしょうか?

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事故




人工知能が経済格差と貧困を激化する

2016年10月26日(水)17時40分

<人工知能が人間の能力を超えた後の経済を予測して話題の井上智洋著『人工知能と経済の未来』。経済学の問題として、この未来社会を考える>

 人工知能(AI)が囲碁で世界トップ棋士に勝ったことで、認知能力や画像認識などで人間を上回るその「知性」に国際的な注目が集まった。特にこの対局に使用されたグーグル社の開発した「アルファ碁」はいわゆる汎用型AIと呼ばれるもので、碁というゲームに特化したものではなく、通常の人間と同じように碁のルールを学び、自分で(人間が現実には実現できない数量の)自己対局を繰り返すことで、みずから学習しただけだった。

 つまりその学びのプロセスは、人間と大差ない。しかしそれは量的にも質的にも天才といわれる人間をも超える水準となっていることが特徴だ。この人工知能には汎用性があるので、碁だけではなく、およそ人間がいま携わるすべての知的活動に応用可能になる。これがもし本当に実現すれば、人工知能は人間を超えるだろう。そのような事態をシンギュラリティ(技術的特異点)という。

【参考記事】MITメディアラボ所長 伊藤穰一が考える「AI時代の仕事の未来」

2045年では、雇用の大半が人工知能に置き換わる...

 井上智洋講師(駒沢大学)は、このシンギュラリティ以後の経済を予測する『人工知能と経済の未来』(文春新書)を出版して話題をよんでいる。もし汎用人工知能が普及して、人間の労働を次々と代替していったらどうなるか? 汎用人工知能は、まず人間の脳の機能のうち重要な部分をそのまま再現・強化する「全脳型アーキテクチャー」として実現するに違いないと、井上氏は指摘する。2045年がその実現の予測日であり、さきほどのシンギュラリティに該当する。

 この2045年では、雇用の大半が人工知能に置き換わるだろう。井上氏の推計だと、日本の人口の1割しか働く人がいなくなる。そして世界経済が深刻な「技術的失業」の危機に直面するのではないか、というのが井上氏の大胆な仮説だ。

 技術的失業が話題になるのはそう珍しいことではない。第一次産業革命(蒸気機関が主導)の時代のラッダイト運動が有名だ。

繊維工業での機械の導入によって、自分たちの労働が奪われることを懸念した人たちが起こした機械打ちこわし運動をいっている。

機械の導入は、労働者の余暇を増加して、働く時間が短くなることで時間単位あたりの実質賃金が向上すると、当時の経済学者のディビッド・リカードゥは当初、前向きな評価だった。ところが彼はのちに、機械の導入によって労働は節約されてしまい、技術的失業が深刻になると考えを改めた。

 ところで多少、難しくなるのだが、リカードゥは景気が悪くなって不況になるとは考えていない人だった。

これは常識的にはおかしなことに思えたが、リカードゥによれば「不況にみえても、それは経済全体の不況ではなく、ごく一部のことだ。

時間がたてば人やカネなどの資源はもっと将来性のある部門に移動することで、経済は機能していく」と考えた。人々が買うお金がないので不景気が発生して働き口が存在しないような「需要不足による失業」は論理的にありえないと、リカードゥ(だけではなく当時の経済学者の大半)は考えた。

 さきほどの技術的失業も、機械に職を奪われても、他の部門では機械に代替できない働き口が必ずあるだろう。そのため問題はそれを見出す間のロスタイムや、または機械に代替されない技能を身につける学習時間を要するだけである。

このような考え方は「摩擦的失業」と今日では呼称されるものの一部だ。技術的失業に対しては、いまの日本経済でしばしば話題になっているような、減税や公共事業の増加による財政政策、または金融緩和政策は不要である。むしろ政府のやることは、職業紹介や職業訓練などの限られたサポート役でしかない。

このような経済学の考え方は、実は現代でも国際的な「主流派」のひとつである。

 ところがリカードゥの時代と異なる問題が、人工知能による技術的失業には発生する可能性がある。なぜなら人間のほぼすべての知的・肉体的活動を、人工知能が代替するからだ。そこが汎用型AI、全脳型アーキテクチャーのもたらす衝撃の大きさだろう。ちなみに人間の脳をそのまま模倣して強化した全脳型エミュレーションになると、すべての面で人間を超えてしまう。この全脳型エミュレーションの時代は、まだ先で今世紀の後半から来世紀にかけてと論者によって様々である。

防御策としてのベーシックインカム

 井上氏によれば「汎用型AI、全脳型アーキテクチャー」によって代替できない労働(というよりもAI的には生産とした方がいい)としては、人間の自発的な欲望や衝動に基づいた「生命の壁」にかかわる領域のみとなる。AIは芸術家や身近な仕事レベルで創発的に仕事を生み出す人たちにくらべると、開発者やコントロールする側から課題の設定をしてもらえないと自ら問いを生み出し解決することができない。もちろんこの「生命の壁」のあるなしについても議論があって、まだ議論は始まったばかりのようだ。

 ところでこの「生命の壁」によって守られた領域以外は、すべて人間の労働が人工知能におきかわると、さきほどの技術的失業が生じる。

ここで井上氏の独創なのだが、この人工知能による技術的失業は、リカードゥらの考えに反して、実は需要不足が密接に連動しているという。先ほどリカードゥでは、時間をかければ職がみつかると書いた。しかし井上氏は、「労働移動するには移動先に仕事が存在していなければならず、そのためには十分に需要が拡大していなければならないからです」(前掲書、133-4頁)と指摘する。

そして需要不足することがないように、人工知能による爆発的な生産増に対応して、需要を拡大するような金融緩和政策中心の政策が求められる。

 いわば人工知能のイノベーションに負けないだけの、お金のイノベーションも必要なのだ。お金のイノベーションが不足すれば、ものすごい雇用不足が発生したり、また人工知能時代のイノベーションも阻害される。

なぜなら爆発的に生産性があがっても、それで生み出された財やサービスを購入するお金が生み出されていなければ、在庫などがかさむだけで膨大なムダが生じる。

 さらに人工知能に代替されやすい人たちとされにくい人たちとの間で、経済格差が生じる、ということを井上氏は特に懸念している。例えば、「無人に近い格安レストラン」と「人間が対応する高級レストラン」にわかれてしまい、サービス職業従事者の二極化が極端にまで進むだろう。そうなると人工知能に代替されて、そのまま労働市場から排除された人たちの生活の困難の度合いと、またその人数は膨大なものになり想像を絶する。

 その防御策として、彼はベーシックインカムを提起する。ベーシックインカムとは、一定の所得をすべての国民に与える政策である。これによって猛烈に生じるはずの摩擦的失業や、またイノベーションの速度にお金のイノベーションが追いつかないときの需要不足の失業の両方に対応できる。

 井上氏の議論にはいろいろ疑問もある。本当にシンギュラリティは来るのか、がまずその代表だろう。だが、経済格差の重要なパターンを、彼の議論は提起し、今後の討論の基礎となるだろう。

http://www.newsweekjapan.jp/tanaka/2016/10/post-8_1.php




◆最終的には「ベーシック・インカム」が最善の失業対策だという結論ですが、これはNESARAの発想と同じです。しかもそのお金は腐らせる必要があります。通貨にも賞味期限を付与し、貯め込んでも期限切れの物は使用できないようにすることです。そうすれば流通がよくなるしユダヤが作った資本主義という、奴隷制度は崩壊するし、人々は人生の貴重な時間を切り売りして食いつなぎ、気が付いた時は定年、老いさらばえて放り出されるという悲劇もなくなります。

◆ミヒャエル・エンデはこうも言っています。




資本としてのお金は、最大の利益を生むように投資されます。

そうして資本は増え、成長します。先進国の資本は増えつづけ、そして世界の5分の4は、ますます貧しくなっていきます。

というのもこの成長は無からくるのではなく、どこかがその犠牲になっているからです。

そこで私が考えるのは、もう一度貨幣を実際になされた、仕事や物の実態に対応する価値として、位置づけるべきだということです。

そのためには現在の貨幣システムの何が問題で、何を変えなければならないかを、皆が真剣に考えなければならないでしょう。

人間がこの惑星上で、今後も生存できるかどうかを決める、決定的な問いだと私は思っています。





◆銀河連邦がいうアセンションというのは、ハザーリアン・マフィア、イルミナティ、ユダヤ金融、NWO等、名前は何でもいいですが、彼らの金融奴隷制度から人類を開放することでもあります。つまりシティやウォール街に巣食う悪党どもを一掃し、資本主義を終わらさねばなりません。米国大統領選がもうすぐ始まります。いま世界は大転換期を迎えています。

 マタイ福音書6章・26:空の鳥を見なさい。食べ物の心配をしていますか。種をまいたり、刈り取ったり、倉庫にため込んだりしていますか。そんなことをしなくても、天の父は鳥を養っておられるでしょう。まして、あなたがたは天の父にとって鳥よりはるかに価値があるのです。

▼人間は人間にしかできないことをやればいいんだニャ!

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