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金帝・銀帝・銅帝・泥帝・哀帝



◆平成の御代は来年の5月に終り元号が変わります。巷では早くも新元号がどうなるのか気になるようで様々な推理が飛び交っているようです。しかし一方、平成天皇ご譲位と新天皇御即位が日本と皇室の未来を危惧する声が方々から聞こえてきます。

◆新政府の日本国憲法発布で、明治天皇は京都から東京へ遷都されることになったときた時に、京都の公家達は次のように嘆いたと云われています。

明治政府は憲法を天皇の上に置き、天皇に軍服を着せ軍の最高司令官に仕立て上げておきながら、恥じることなく「天皇は神聖にして侵すべからず現人神」などと矛盾したことを云って居る。

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◆ところが其の後、天皇は国家機関の求める通り、国事を行う形だけのお飾りでしかない「立憲君主」にされていきます。 このことに京都の公卿達は異議を申し立てたのです。
スニップ
大正天皇

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昭和天皇



「 元来、天皇は神敕に基づいて生まれ乍らに祭祀王であられる。國民の尊崇は神祕の中にある。其れを輔弼する公卿達は、日常を神事の中で生活してきました。禁中(皇室)は神事が基本であり、それが古来よりの日本國民の宗家としての生き方である」と。

大嘗祭



◆順徳天皇がお書きになった 「禁祕抄」には宮中の故實・慣例を記したもので、其の中に「禁中は年中、神事を以て大事とする」との意が記されてます。皇室は幾度か危機に瀕しましたが、必ず天皇は神事を守り祭祀王の道を守られてきたのです。しかしながら「明治憲法では、御政務とて、神事中心の生活を侵害してゐる」と言ふのが、明治の公 家達の最大の不満であったようです。

◆そして伯家神道の伝統を守る公家たちはこのままいけば皇室は長く続かない「明治天皇が金の帝とすれば、その次は銀の帝、またその次は銅の帝、やがて泥の帝となり、哀の帝となると予言しているのです。ハザール陰謀論の草分けである故太田竜氏もこのことに触れています。



太田龍の時事寸評:金帝銀帝銅帝。そして今や、泥舟に乗る泥帝。泥舟日本丸は刻々と沈没して行く。 [週刊日本新聞]

太田龍の時事寸評
平成十五年(二〇〇三年)一月十七日(金)
(第四百五十九回)

○かって、山蔭神道の機関誌に、

 明治時代、京都の旧公家の人々は、

 今の天皇(明治天皇)は、金帝。

 その次の天皇は、銀帝。

 その次の天皇は、銅帝。

 その次の天皇は、泥帝。

 その次の天皇は、哀帝(ないてい)。

 と話し合った。と、記録されて居た。

○この件は、筆者は、何度も引用した。

○銀帝とは、大正天皇。

 銅帝とは、昭和天皇。

 そして、

 泥帝とは、まさしく今の平成天皇。

 更にそのあとの哀帝(あいてい、又はないてい)。

 これは、「廃帝」を暗示する。

○泥帝とは、泥舟、を連想させる。

○まさしく、今の日本は、泥舟、と呼ぶにふさわしい。

○泥舟。

 これは、土で造った舟。

 水に浮かぶと、間もなく、水が浸透し、泥舟となって、やがて沈没する。

○つまり、そのあとは、

 哀帝(ないてい)、 要するに廃帝であろう。


○今の日本丸は泥舟である。

 そしてこの泥舟に乗って居る一億二千万日本国民は、次の四つに分かれる。

 ① 前野徹著が告発して居るように、日本の高級官僚OBたちは、日本の国家が崩壊し、
  沈没することを良く知って居る。そこで、彼らエリートたちは、シコタマ、タメ込んだ
  資産を安全な外国に逃避させ、日本が滅びても、自分たちだけは生き延びることが
  出来るように、着々と手を打って居る。その他この同類。

 ② 一億二千万の日本人の殆どすべては、日本が滅びるなど、夢想もせず、痴呆のように
   ただ、呆けて居る。
   欲呆け、色呆け、遊び呆け、その他呆ける方法は無数にある。

 ③ きわめて僅かな先覚者たちは、
   声をからして、同胞に警告し続けて居るが、耳を傾けようとする者は極微。
   そして、日本を滅ぼそうとするイルミナティ世界権力は、こうした先覚者の警告
   活動を抹殺するために全力を挙げて居る。

 ④ イルミナティ世界権力の手先となって日本丸を沈没させ、日本民族を皆殺しにする
   ために、いくらかのおこぼれをご主人さまから、投げ与えられて、大奮闘中の
   売国奴の軍団。


○それにしても、明治期、百年以上も前に、京都の旧公家の一部の人々には、何故、
 日本の前途をかくも正確に予知し得たのであろうか。

○この旧公家たちは、

 慶応二年十二月二十五日、
 岩倉以下の売国奴たちによって、神国日本の国体を死守された孝明天皇が弑逆されたこと。
 そしてまさに、明治国家は、この孝明天皇弑逆犯どもによって捏っち上げられたニセモノ
 の日本、日本を騙る(かたる)ニセモノ、実体は、欧米西洋帝国主義の傀儡に過ぎない、
 ことを熟知して居たのだ。

○かくの如きニセモノが全崩壊して壊滅死滅するのに、それほど長い時間は必要としない。

○それでは、我々はどうすべきか。

(了)

●(注)
 参考文献
 
◎太田龍著
 「天皇破壊史」(成申書房)
◎太田龍著
 「ユダヤの日本占領計画」(荒地出版)
◎太田龍著
 「大悪魔を撃て」(第一企画出版)(絶版)
◎太田龍著
 「縄文日本文明一万五千年史序論」(未刊)

http://www.asyura2.com/2003/bd22/msg/502.html




◆西暦2018年を皇紀に直すと2678年です。日本は神武天皇即位から2678年という世界にに例を見ない古い歴史と伝統を持つ国であります。しかし今、明治の伯家神道の公家たちが予言した通り、皇室の終焉を思わせるような不気味な噂がネットを駆け巡っています。




【聖徳太子の予言更新】2019年4月30日、日本列島が“八つ裂き”に!新元号と天皇譲位で「クハンダ」襲来、日本滅亡ほぼ確定

■聖人・聖徳太子が見た日本滅亡ビジョン

 日本で最も有名な聖人・聖徳太子(572~622)。聖徳太子は生まれてすぐに言葉を発し、幼少の頃に国内外の学問をすべて修め、高僧の域まで達したといわれる天才であった。飛鳥時代には推古天皇の摂政として活躍している。あのイエス・キリストと類似点が多いことでも知られ、数々の奇跡を起こしたといわれる超人かつ謎多き人物だ。そのように不思議な力を持つ聖徳太子は、はるか未来を予言する能力さえ持っていたという。筆者は、これまで聖徳太子の予言の成就についてたびたび言及してきた。ご興味がある方は、ぜひ過去記事をチェックしていただきたい。

・ 2016年に東京壊滅、人類滅亡!? 封印された「聖徳太子の予言」に戦慄!

・ SMAP解散と天皇「生前退位」で日本滅亡!? 聖徳太子の予言「2016年クハンダ襲来、東京壊滅」が今始まった!


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 さて、聖徳太子は「平安京への遷都」「幕末の黒船来襲」「京の都から東京への遷都」さらには「第2次世界大戦の日本敗戦」まで、歴史上の大事件を数多く予言し、的中させている。

それらが全て記されているのが『未来記』という書物なのだが、この書物は“幻の予言書”とされており、今では歴史上の人物の伝承や、古文書の中にぽつりぽつりと現れる程度である。では、これからの日本について聖徳太子はどのような未来を見ていたのか? 実は、あまりにも恐ろしい出来事を予言しているのだ――。

「クハンダが来るため、その東の都は親と七人の子供のように分かれるだろう……」

「クハンダ」とは仏教用語で「末世に現れる悪鬼」のことである。その来襲により、東の都すなわち首都東京は壊滅状態に陥るため、首都機能を親と7人の子どもに分ける――つまり、東京の首都機能が7カ所に分割・解体されると解釈できる。いや、あるいは大地震による地殻変動で、日本の国土が東京を中心に八つ裂きになってしまうのかもしれない。

■クハンダ来襲の“運命の時”は、2017年ではなかった?

 では、末世の悪鬼「クハンダ」はいつ日本にやって来るのだろうか? それは、釈迦が入滅してから2500年後に起こるという説がある。欧米の学者がはじきだした数値によると、釈迦入滅は紀元前483年、484年、487年とする説が有力だった。ゆえに、2013年、2015年あるいは2017年が“滅亡の日”ではないかと考えられてきた。だが、いずれの年にも日本を滅亡に追い込むような壊滅的な事件は起きていない。これは、聖徳太子の予言が外れたものと安心していいのだろうか? いや、どうやらそうでもなかったらしい。


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画像は「Wikipedia」より引用

「バミューダ・トライアングル」の研究で有名なアメリカの古代史家、チャールズ・バーリッツ氏は「釈迦入滅はおよそ紀元前500年~紀元前480年の間」とざっくりと唱えているほか、他の専門家による「釈迦の入滅は紀元前480年よりもっと後、紀元前300年代ではないか?」という説もあるのだ。つまり、釈迦入滅が紀元前483年より後だとすれば、聖徳太子が唱える滅亡の日は2017年よりさらに後の話となるではないか。

 ここは、多くの学者たちが支持する説を考慮し、やはり釈迦入滅の日を紀元前480年前後と考えて警戒したほうがよさそうだ。では、そこから2500年後として……ここ数年以内に滅亡の時がやって来る可能性が高い! そう、聖徳太子の滅亡予言は更新されたのである!

■天皇空位の時、末世の悪鬼クハンダがやって来る!?

 2016年8月8日、天皇陛下がご自身の体力の衰えなどを理由に、譲位されるご意向のメッセージを国民に向けて発せられ、全国に激震が走った。

そして昨年12月8日、天皇陛下の譲位日を平成31年(2019年)4月30日とし、その翌日、2019年5月1日に新天皇が即位することが閣議決定された。

おそらく、4月30日に平成天皇の退位の儀式が執り行われ、5月1日に新天皇の即位式が行われ、改元されるという段取りであろう。だが、明治天皇の玄孫である作家・竹田恒泰氏は、たとえほんのわずかな時間であっても天皇空位の時間が生じることを強く危惧している。

退位4月30日、即位5月1日は本当にダメ!天皇空位は国運を傾けますよ!|竹田恒泰チャンネル



竹田氏は、4月30日退位から翌日の5月1日即位まで、「法的な空位は生じなくても、実質的な空位が生じるのは良くない」と語っている。たしかに、退位と即位の変わり目は、天皇のご加護も薄れる可能性がある。天皇空位の日本、その弱体化したスキを狙って、末世の悪鬼クハンダが襲って来る可能性はありそうだ。


いったいクハンダは何者なのか、その解釈についてここで深く言及することは避けておく。しかし、聖徳太子が予言したクハンダによる日本滅亡(列島八つ裂き)の時がここ数年以内に訪れるとして、やはりそのタイミングとして最も危惧されるのは天皇空位のタイミング、すなわち2019年4月30日~5月1日ということになるだろう。たとえそこで全てが終わらなかったとしても、釈迦入滅の年を紀元前480年“前後”と幅をもたせるならば、少なくとも2023年ぐらいまでは列島八つ裂きに十分警戒しておかなければならない。
 平成が終わり新たな時代を迎える時、日本は大破局を迎えるのか――。

★白神じゅりこ

オカルト作家・コラムニスト・ライター。ジャンルを問わず幅広く執筆。ジャンルを問わず幅広く執筆。世の中の不思議を独自の視点で探求し続けている。新刊『日本懐かしオカルト大全』(辰巳出版)発売中!
・ ブログ「オカスピブログ 東京怪奇大学

http://tocana.jp/2018/02/post_15617_entry.html




◆聖徳太子の予言にある、クハンダは人の皮をかぶった化け物だといわれています。イメージとしてはこんなところでしょうかww

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◆クンハダは既に皇室に潜入しています。
次期皇后陛下即位に備えクハンダは眷属を従え、皇室を伏魔殿に変えようと着実に準備を進めています。タレントで皇室ウォッチャーのデビ夫人は常々皇太子を廃嫡し、秋篠宮を新天皇にすべしと主張していましたが、真正保守派からは「天皇家の継嗣問題について口を挟むのは不敬である」として相当バッシングを受けていたようです。

◆しかしインドネシア首相スカルノの第2夫人として内乱を生き抜き、ヨーロッパで亡命生活を送りながら社交界を遊泳、各国王族との交友をふかめた烈女、負けてはいません。日本に帰国してからはテレビでも活躍、78歳の高齢で過酷な虐め番組「イッテQ」の拷問に耐えられる気力体力をお持ちのデビさんは、更に東宮批判を強めています。




【デブィ夫人の独り言】皇太子妃として 妻として 母としても 落第、失格の雅子様【天皇陛下と皇族皇室CH】



◆小和田家はクハンダの眷属であることはどうやら間違いなさそうです。

【皇室の背乗りを暴く】下賤な雅子は、欧州では総スカンだ


◆傲岸不遜、鉄面皮、クハンダのルーツは朝鮮である。「日本はハンディキャップ国家である。日本は中国、韓国に謝罪し続けなければならない国」と公言して憚らない小和田恒がクハンダの命によって日本と皇室を乗っ取り、朝鮮人の支配下に置くつもりなのです。

ハンディキャップ論


【皇室ニュース】旧皇族からも雅子さまの父、小和田氏に対する批難



◆クハンダ小和田の皇室乗っ取りが成功しるかどうかは、皇太子徳仁親王 次第。皇太子は雅子妃と結婚の際、周囲の反対を押し切って「雅子は私が守り抜きます」と公言しています。従って譲位を受け天皇に即位した後、雅子皇后がどのような不品行に及んでも苦言一つ言えないのではないでしょうか。そしてもう一つ、皇太子自身に問題があるということです。つまり、皇室典範第3条に違反しているというのです。これは由々しき問題です。

【皇室の背乗りを暴く】不浄な皇太子は、祭祀が執り行えない



◆皇太子の尿漏れの原因が男色にあるとは思いたくないが、だからと云ってそれを否定する証拠もありません。いずれにせよ、皇太子夫妻が天皇、皇后に即位してもこれだけ方々で悪評が立つようになっているので国民の尊敬や支持を得るのは困難ではないかと思われます。来年の5月からはクハンダ小和田が皇室を取り仕切るようになります。
クハンダは神道祭祀の宗家である皇室を断絶させ、皇紀2660年の日本の歴史を終わらせようと企んでいるのです。

◆明治時代の伯家神道の公家さんたちの予言は、見事に的中したと云ってよいでしょう。

明治天皇=金帝

大正天皇=銀帝

昭和天皇=銅帝

平成天皇=泥帝


◆オリンピックのメダルみたいですが、平成天皇を泥帝と表現するのはあまりにも不敬のように思えます。明治、大正、昭和と日本が欧米列強に伍していくために、軍国主義の道を歩まざるを得なかったのですが、皇太子時代の昭仁殿下はその戦争のプロセスをよくご存じでした。ですから、平成天皇は昭和天皇の名代として、大東亜戦争で犠牲になった日本兵やアジア諸国の人々慰霊の旅をライフワークとされてきました。

慰霊の旅

国内でも3、11や熊本大震災など泥に埋まった被災地を何度となく慰問されています。その際は必ず被災者に跪いてお見舞いの言葉をかけておられました。

被災地訪問

被災地訪問2

◆文字通り泥まみれての行脚であり、大東亜戦争における昭和天皇及び軍部の戦争責任の泥を被り、慰霊の旅に生涯をかけられた素晴らしい天皇であると思います。


◆しかし伯家神道公家の予言によれば最後の天皇は「哀帝」だと云っています。つまりこれは「廃帝」を意味します。これまで見てきたように、これほど皇太子一家に不都合なことが暴露されると国民の象徴としての天皇には相応しくないと言う世論が湧きおこり、廃太子論が復活するのではないかと思われます。


◆太田竜氏も書いていますが、長州が孝明天皇を弑逆して、南朝系天皇の子孫だと称する大室寅之助を身代わりにして東京へ遷都したことから日本の近現代史は始まっています。勿論そんなことは教科書では教えませんが・・・・

◆京都においてきぼりの伯家神道の公家さんたちは、いずれこうなることが分かっていたのではないでしょうか。何が言いたいのかと云うと、クハンダによって2660年の光輝ある皇統が断ち切られるということではないでしょうか。
秋篠宮真子様と小室圭という青年の婚約延期も、皇室全体にクハンダの影が落ちているような気がします。

この世に光と影があるように、聖なるものには魔が対峙します。キリストにはサタンが、釈迦にはマーラーという魔物が挑戦しています。

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マーラ


世界平和と護国安泰、五穀豊穣を祈り続ける天皇に対してクハンダが戦いを挑んでいるのは間違いない、そんな気がしてなりません。

悪魔の眼

◆(おまけ)小和田恒は天皇の金塊(ゴールデン・リリー)に手を付けたというから、これは本物のクハンダである証拠ですな。

【古歩道ベンジャミン】年末の重大ニュース(2016年12月29日)



▼心配ない!日本には八百万の神々が居られるからニャア!

神棚の猫


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もうわけないが、全部虚偽の情報です。

根拠や証拠のない、匿名者の伝聞の情報の寄せ集めたものばかりです。 つまり、今回の記事は全部虚偽の情報です。

誹謗中傷の噂ばかりで、根拠や証拠がありません。 証拠があるなら、逐一、示して下さい。

特に、雅子妃殿下に対する誤解に基づく虚偽宣伝は激しすぎる。 

北朝鮮と中国の内部事情

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180214/k10011328071000.html?utm_int=news_contents_news-main_003

NHK 2018年2月14日 5時27分

“ジョンナム氏を後継に画策し粛清“ 中朝関係悪化の発端に

かつて緊密だった中国と北朝鮮の関係が現在のように悪化するようになったのは、北朝鮮のナンバー・ツーとされたチャン・ソンテク氏が、キム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長の兄のジョンナム(金正男)氏を最高指導者に就かせようと画策し、中国側の密告によって粛清されたことがきっかけとなったことが明らかになりました。

中国政府の関係者がNHKに対して明らかにしたところによりますと、北朝鮮のキム・ジョンイル(金正日)総書記が死去してから8か月たった2012年8月、当時、北朝鮮のナンバー・ツーとされ、キム・ジョンウン委員長の叔父にあたるチャン・ソンテク氏が、北京で中国の胡錦涛国家主席と会談した際、「ジョンイル氏の後継にはキム・ジョンナム氏を就かせたい」という意向をひそかに伝えたということです。

これに対し、胡主席がどのように応じたのかはわかっていませんが、この密談の内容は中国の最高指導部のメンバーだった周永康・元政治局常務委員が、翌2013年初めにキム・ジョンウン氏に密告し、ジョンウン氏のげきりんに触れたチャン氏は、2013年12月に国家反逆罪などで処刑されました。

これについて、北朝鮮側は、中国の指導部が北朝鮮の国内に政権転覆の動きがあることを知りながら阻止しようとしなかったとして不信感を抱いたということです。

一方、中国側も、北朝鮮が中国とのパイプ役であるチャン氏の粛清に踏み切ったうえ、その後も中国側の呼びかけを無視するかたちで核・ミサイル開発を進め、行動をエスカレートさせてきたことに不信感を募らせてきました。 中国と北朝鮮は、かつては緊密な関係にありましたが、キム・ジョンウン氏が最高指導者となったあと、一度も首脳会談が行われず、現在のように関係が悪化するようになったのは、北朝鮮の後継者問題をめぐるチャン氏の画策がきっかけとなり、双方が不信感を募らせてきたことが要因であることが明らかになりました。

専門家「核・ミサイルの問題でも距離ますます大きく」

北朝鮮のナンバー・ツーとされたチャン・ソンテク氏が、キム・ジョンイル総書記の後継者にキム・ジョンナム氏を就かせたいという意向を中国側に伝えたとされることについて、中朝関係に詳しい南山大学の平岩俊司教授は、NHKの取材に対し、「キム・ジョンウン委員長よりもジョンナム氏の方が扱いやすいという思いがあったのかもしれない。

チャン氏は、キム・ジョンイル総書記からジョンウン氏の後見人に指名されて、かなり自分の権力を過信していたということが言える」と述べました。

また、チャン氏がその後、北朝鮮で国家反逆罪などで処刑され、中朝関係が悪化した状態が続いていることについて平岩教授は、「今回の事件は事実だとすれば、 北朝鮮の中国に対する不信感を募らせるきっかけになったのだろうし、逆に中国も、北朝鮮への不信感を募らせるきっかけになったわけで、

結果的に中朝関係が構造的に悪くなっていくきっかけになったと言える」と指摘しました。 そのうえで平岩教授は、「お互いの不信感が積み重なった結果、核・ミサイルの問題においても、中国と北朝鮮の間の距離もますます大きくなっていると思う」と述べました。



http://www.sankei.com/world/news/170224/wor1702240003-n1.html

産経新聞 2017.2.24 07:13

朝鮮総連が殺害事件に「沈黙」 内部での議論禁止、強制送還以降、関与禁じる

在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(ジョンナム)氏の殺害事件に関する議論を内部で禁止していたことが23日、分かった。

政府関係者と朝鮮総連関係者が明らかにした。北朝鮮から朝鮮総連に正男氏の殺害に関する公式見解は伝達されておらず、朝鮮総連も静観していた。

 関係者によると、14日の殺害報道後、朝鮮総連幹部や傘下の商工人らが私的会合を開いたが、朝鮮総連内部の公式会議や報告会で殺害は議題になっていない。

 正男氏は複数回、都内などで観光。2001年5月にはシンガポールから成田空港に到着し、偽造旅券で入国しようとして東京入国管理局に身柄を拘束され、強制送還された。

正男氏は金正日(キムジョンイル)総書記の長男で後継候補として名前が挙がっていたが、強制送還で正日氏の怒りを買い、レースから脱落したとみられていた。

 北朝鮮当局は正男氏訪日の際、朝鮮総連関係者が接触して案内役などを務めていたことを問題視し、朝鮮総連幹部に「正男氏に関わることを禁ずる」と指示していたことも判明した。

 ただ、北朝鮮の朝鮮中央通信が23日、北朝鮮の朝鮮法律家委員会がマレーシア当局による遺体解剖を「主権の露骨な侵害」と非難した談話を報じたことから、朝鮮総連関係者は「今後、朝鮮総連幹部らが、同様の内容を申し合わせる可能性が高い」と分析している。 朝鮮総連は産経新聞の取材に対し、「取材は受けない」としている。



https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20150225-00043336/ 

周永康、北朝鮮に国家機密漏えいか?――張成沢処刑は周永康が原因

遠藤誉 | 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士

ヤフー・ニュース 2015/2/25(水) 13:46

昨年公開された周永康の罪状の中に「国家機密漏えい罪」があったが、その漏洩先は北朝鮮だという情報が中国語ネット空間に溢れている。 香港紙「東方日報」のウェブサイトから始まったスクープの真偽を検証する。

◆胡錦濤と張成沢(チャン・ソンテク)の密談を盗聴し北朝鮮に流した周永康

2015年2月22日、親中派香港紙「東方日報」のウェブサイト「東網」が、張成沢氏の公開処刑は、周永康の盗聴と国家機密漏えいがもたらしたものだという情報をスクープした。

2012年8月13日に中国を訪問した張成沢は、★8月17日に人民大会堂で、当時の国家主席・胡錦濤と会談した。その写真は公開されているが、会談内容は極秘で、実際上は密談であった。

その場には胡錦濤と張成沢以外は、中国人通訳一人しかいなかったが、周永康はこの密談の内容を全て盗聴し、それを北朝鮮に密告していたとのこと。

張成沢はこのとき胡錦濤に「金正日の跡継ぎは、金正恩(キム・ジョンウン)ではなく、中国寄りで改革開放を進めるであろう金正男(キム・ジョンナム)にさせるべきだ」と話していた。 胡錦濤は黙っていて、何も答えなかったという。

ここまでは東網の情報で、以下は筆者の推理である。 このような密談を盗聴して、周永康にとっていかなるメリットがあるのか?

それは、おそらく中国が最も頭を悩ましている「北朝鮮」を利用して、中国の指導層トップを攪乱(かくらん)させ、周永康に危険が及んだときに北朝鮮を動かそうと考えていたのではないかと推測される。

中国の指導層と言っても、胡錦濤時代のチャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員会委員9人)の中に周永康自身も入っている。周永康は党内序列ナンバー9で、トップ指導層の一人だった。 2007年に江沢民が無理やりにチャイナ・ナインに押し込んだのだが、その役割は胡錦濤に対して江沢民が送り込んだ刺客である。

チャイナ・ナインは集団指導体制を執っているので、9人で多数決議決をするときに、江沢民に不利にならないように江沢民派を大量に送りこんでいた。

習近平(当時、国家副主席)もその中の一人だった。

胡錦濤を支持する側は温家宝、李克強くらいのもので、薄熙来事件(2012年3月15日)が起きる終盤戦になると他のチャイナ・ナインも突然、胡錦濤側に付き始めている。 最後まで胡錦濤の意見に賛成票を投じなかったのは周永康のみだった。

◆金正日(キム・ジョンイル)と緊密だった周永康

ところで、2010年10月9日~11日、周永康は北朝鮮を訪問し、その間に4回も金正日(1941年2月~2011年12月17日)と会っている。そして金正日と並んで謁見台の上から手を振った。 この間、金正日が自分の後継者として金正恩を周永康に託したものと考えられる。

金正日が金正恩を後継者指名したのは、周永康訪朝の直前の2010年9月27日だ。 周永康は国家主席級の扱いを受けて、熱烈歓迎されている。

周永康と金正日との親密ぶりに関しては、ほぼ誰もが知っている事実で、二人の関係には疑問を挟む余地はない。 問題は、それ故に、国家機密を漏えいするところまで、チャイナ・ナインともあろう者がやるのか、ということだ。

その動機を考察するために、盗聴をした時期を考えてみよう。

2012年8月17日というのは、元重慶市書記であった薄熙来が失脚した後のことである。同年3月15日、全人代(全国人民代表大会)が閉幕した翌日に書記を罷免することが発表されたが、この決議は全人代開催中の3月8日に開催された中共中央政治局会議で出されている。チャイナ・ナインの中で反対したのは、周永康一人であった。

このときから周永康は身の危険を覚え、いざとなったら武装警察を使ってクーデターを起こすか、北朝鮮に逃げるか、あるいは北朝鮮にミサイルを発射させるとか核実験をさせるなど、いずれにしても北を使って中国政局を混乱させる方法を考えていた可能性がある。そのため親中派の張正沢が訪中したとき、周永康は張成沢と胡錦濤との密談を盗聴して、張成沢が何を考えているかを金正恩に密告したものと考えられる。

このとき金正日はすでに他界しており、この報告は直接、金正恩になされていただろう。

盗聴操作をしたのは周永康の腹心で、国家安全部にいた馬建・副部長だと考えて間違いない。国家安全部はスパイ摘発のための国家中央行政省庁の一つで、周永康は薄熙来のためにも国家安全部を通して盗聴を行わせている。なお、馬建はすでに逮捕されている。

◆中朝ともに相手を暫く泳がせた

胡錦濤も習近平も、ともにしばらくの間、周永康を泳がせていた。周永康は、いたるところで「晴れ姿」を見せていた。

これは中共が昔から使う手で、薄熙来など、失脚する2カ月ほど前は、むしろ頻繁に人民日報が「晴れ姿」を載せているほどだ。目つぶしをくらわすのが、国共内戦時代からの手法である。

周永康を取り調べる決議をしたのは「2013年12月1日」に開催されたチャイナ・セブン(習近平時代の中共中央政治局常務委員会委員7名)が開催した常務委員会会議においてであった。

一方、北朝鮮側も、この「2013年12月1日」まで、張成沢を泳がせ、金正恩政権が誕生したあとも、しばらくは北朝鮮のナンバー2として金正恩に次ぐ身分を保っていた。

失脚を伝えたのは、周永康の取り調べをチャイナ・セブンが決定した2日後の2013年12月3日である。12月8日に粛清し、12日に公開処刑し、13日にその事実を公開した。

まず、ここで明確なのは、周永康の盗聴と国家機密漏えいにより、張成沢が処刑されたという事実だ。 この関連性は明らかだと言っていいだろう。つぎに以上の検証から何が言えるのかを、中国側に現れている、もう一つの事象から考察したい。

◆「人民日報」が周永康を、中共史上最大のスパイにたとえた

2013年12月10日、中国共産党(中共)の機関紙「人民日報」は「周永康のあらゆる行為は、反逆者・顧章順と同じだ」という文章を掲載した。

顧章順(1903~1935年)は、中共が誕生した初期のころの地下スパイ機関のトップで、中共中央委員の一人だった。ところが彼は1931年に中共と敵対する国民党に寝返り、中共の地下組織のすべてとスパイ活動の拠点すべてを国民党側に密告してしまう。 きっかけは、国民党側の「白い帽子に白いハイヒールと白いスーツ」を身にまとった女スパイに惚れ込んでしまったからだった。

顧章順が国民党側に寝返ったことがばれたのは、中共側スパイが国民党側に潜り込んでいて、国民党側における顧章順の動きを、逐一、中共側の毛沢東や周恩来に知らせていたからである。

顧章順の密告により、国民党が中共の拠点を急襲したときには、拠点はすでに、もぬけの殻であった。国民党側に潜り込んでいた中共スパイが、事前に知らせていたからである。

顧章順はなんと、国民党側の蒋介石の命令で暗殺されている。 中国の歴史は「スパイの歴史」と言っても過言ではないほど、中共誕生時(1921年)からスパイに血塗られている。

同じ民族が国民党と共産党に分かれて長期にわたる日常戦を戦ってきた歴史のある中国では、「スパイ」というのは、日本では想像できないほどの日常的できごとだ。

スパイ活動を管轄するトップが敵に寝返ったという顧章順にたとえて、周永康を名指しで批判した人民日報の記事は、「国家安全部を管轄下に置いていた中共中央政法委員会書記=周永康」が国家機密を北朝鮮に流していたことを、チャイナ・セブンが知っていたことを裏付けていると考えていいだろう。

2015年2月17日の記者会見で中国の外交部副部長が、「5月9日にロシアで開催される式典で中朝首脳会談があるか否か」という会場からの質問に対して「状況を見てから判断する」と回答したのには、こういう背景があるからである。

日中首脳会談さえ行ったのに、習近平政権誕生以来、中朝首脳会談はまだ実現されていないという、この異常な事態に注目したい。


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