FC2ブログ

無駄ではなかった今回の入院


20080405140306.jpg


◆連れ合いが顔面帯状疱疹に罹り1年7か月。お岩さん状態だった顔面もわずかに人間らしさを取り戻してきましたが、相変わらず頭と顔右半の激痛は続いており痛み止めもほとんど効かないようで自室に引きこもり、3度の食事と3日に一度の風呂以外、殆ど階下に降りて来ない状態が続いていました。

◆完治の目途がつかないまま、今度は私の入院。困るのは残された連れ合いです。病気のために視力を失い、眼鏡をかけるとひどく痛むそうで、買い物は勿論、台所に立つこともなかった1年半。何とかトイレとシャワーくらいは使えますが、すっかり自立心を失ってしまっているように見えました。

◆だから、これから私は入院するので、自分で食事をしなければならないよと言い聞かせると「分かった、大丈夫、自分でできる」という返事が返ってきました。それを聞いて安心したわけではありませんが、とにかく私が退院できるまで約2週間、レンジで温めるだけで簡単に食べられる冷凍食品や魚や果物の缶詰め、野菜ジュース、日持ちがする根菜類や卵、豆腐などを沢山冷蔵庫にしまい、缶詰めのプルトップを引き上げるのが困難かもしれないので、先の尖ったラジオペンチも用意しました。


◆そうして娘に送ってもらって、入院。結構ハードな手術でしたが、スパルタ式リハビリのお陰で一週間ほどで体を一人で動かせるようになりました。
そうなると一人でいる連れ合いが気になるので、時折ケータイ電話をかけると、「今日はキャベツを茹でてポンズで食べた」とか「寒いけど、冷や奴とラッキョウ漬けだけ」などと云う答えしか返ってきません。

◆病院で出される食事もまずいが、なんとも寂しい限りの食事情のようです。しかし、食べようという気があれば食材は何でも揃っているわけで、食べようとしないのは本人にその気がないからです。だったら病人の俺がそこまで心配する必要もあるまいと、それ以上心配をするのを止めました。

◆直腸を20センチもカットして肛門近くで縫合したことで、脳と腸の情報疎通がうまく行かなくなり、困ったことが起きるようになりました。
なんと5分に一度便意を覚えるようになったのです。しかも、それが小便」なのか大便なのかの区別がつかないのです。とにかく便座に腰掛けてみると小便だけしか出ない。その5分後もまた同じ。
そして次の5分後のことです。また小便だろうと高をくくって便器に座らず立小便をしようとした途端、プスッという嫌な音とともにパンツに軟便が落ちたではありませんか。アッチャー何ということだ!俺としたことが・・・・これまで生きてきた人間としてのプライドが根底から崩れ落ちる思いでした。

27d72465b108fd2b5a9250057ea5889b_s.jpg

◆しかし、そのまま立ち尽くしていても始末が付きません。両脚に汚物が着かないよう、おそるおそるパンツを下し、裏返してそれを便器に漬け、流れないようにしっかり摘まんで3~4度水で振り洗いをして、汚物が流れたところで洗面所へ持っていき、洗顔石鹸で揉み洗いすること3度。これを堅く絞って病室の手すりにかけて自然乾燥。やがてこのパンツは非常用として、次のアクシデントのはき替えとして大変役立ちました。入院中、何度かこういうことがありましたが、主治医いわく「それはよくあることです、あれだけの手術をしたのですから、あって当たり前。そのうちに治りますよ」ということでした。

◆そして退院の日、娘の車で連れ合いが迎えに来てくれましたました。久しぶりだから何か食べて帰ろうかという話になったのですが、私はまた5分に一回の恐怖が蘇り、一刻も早く家に帰りたいと云ったのですが「レストランにもトイレはあるよと」いう二人の説得で通りすがりのドライブインで食事をすることにしました。帰りの車の中でまた悪夢が襲ってこなければいいが・・・そればかりが気になって食事が喉を通りませんでした。しかし幸運にも車中では何のハプニングも起きず、無事帰宅することが出来ました。


◆帰宅した翌朝7時すぎ、階下の台所から物音が聞こえてきます。何事だろうと降りてみると、なんと連れ合いが何か作っているではありませんか。どうやら私のために朝食を用意しているようなのです。献立はレタスとウインナーソーセージのを炒めもの。そして豆腐の味噌汁とレンジでチンするパックご飯。頭が痛い、顔が痛いと言いながら、懸命に菜箸を振るっているのを見ると、これまでのような身勝手な横着者というイメージが消え、今までの見たことがない「いじらしさ」のようなものを感じさせるようになった。そんな気がするのです。

高齢者

◆この時から彼女の中に何か大きな変化が起きたような気がします。入院中の生活リズムがまだ残っているせいか、朝7時半、昼12時、夜6時という配膳に合わせ、そのリズムで何か食べなきゃあという気になります。ところがこの日以来連れ合いは私のリズムに合わせようと懸命に努力をしているようなのです。私が台所に来る前に何かを作ろうとするようになったのです。ただ、昔のように様々なレシピをこなす能力は衰えて、難しいものは出来ません。だから私が手伝いながらなんとか食べられそうなものを作っています。昨夜は冷凍たこ焼きと、冷凍シュウマイだけ。

タコ焼き


◆7時半、今朝は味噌汁と竹輪の煮物に白菜漬け。これだけでも彼女にとっては精一杯の朝餉なのでしょう。
今日は天気がいいから布団を干して、散歩にでも行こうか、桜が満開だそうだよ」わたしがそういうと、珍しく「行こう、行こう」と二つ返事で喜んでいました。体力気力が衰えているのは自分でもよく分かっていますが、桜を見るには数キロ先の運動公園まで車を使わねばなりません。細心の注意を払って公園まで行くと、まさに春爛漫、ソメイヨシノが咲き乱れ、物狂おしい馥郁とした香りがあたり一面を包んでいます。西行の句に「願わくば花の下にて春死なん、その如月の望月のころ」と言うのがありますが、人の心は時を超えて通じあえるものだとつくづく感じました。

o0450033012876514109.jpg

◆今日はどうやら5分おきの恐怖から解放されているようなので川沿いの桜も見ようと、もう少し足を延ばしてみました。土手に咲く桜も見事なもので、ガラケーで自撮りをしようとしていたところ、我々と同年配とみられる散歩中のご婦人が、シャッターを押してあげましょうかと声をかけて来られました。私はちょっと躊躇いましたが、連れ合いがお願いしますと云ったのには驚きでした。そういえばもう何十年も二人で写真など撮ったことはありません。ご婦人は「もう少し寄り添って」と手で動きを示し、シャーターボタンを押すや、にっこり笑って「なかなか好いですね」といって去って行かれました。

hnm_top-1024x768.jpg

◆春爛漫の花の下に立つ痩せさらばえた老人と容貌怪異な老女、その最期の道行きを飾る葬送のための花。同期の桜ではないが、ともに散るか櫻花。そう思えてならない一枚の写真が残されました。

▼色んな意味で今度の入院は無駄ではなかったんだニャア・・・・

桜と猫


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

感動しました。
人生には無駄なことなんて何一つないのですね。
必ず何か意味があって事が起きるのですね。
日々精進していきたいと思います。
いつも心に響くブログ有難うございます☆

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

kenbounoblog

Author:kenbounoblog
来るべき次元上昇まで、世界で起きる事象を俯瞰したり斜めから見たりしている爺です。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR